【ギャンブルのない生活②】ギャンブルをやめた後、「時間の使い方」が変わっていった

ギャンブル依存

休みの日は、朝から家事をしていた。

掃除をして、洗い物をして、妻が過ごしやすいように動いていた。

当時の自分は、
「ちゃんと家庭のこともやっている」
と思っていた。

でも、本当は違った。

頭の中ではずっと、

「何時に家を出れたら、何時間打てるかな」

って考えていた。

家事をしていたというより、“スロットへ行くことを許してもらうため”に動いていた感覚だった。

だから、常にワクワクしていた。

ギャンブル中心で生活が回っていた

今思うと、生活の中心にギャンブルがあった。

家族との予定も、
休みの日の過ごし方も、

どこかで
「この後行けるかな」
を考えていた。

家族で出かけていても、
完全にその時間だけを楽しめていたかと言われると、そうじゃなかったと思う。

スマホで馬券を買っていた時期もあった。

一緒にいる時間を大切にしているつもりでも、頭のどこかはギャンブルに持っていかれていた。

ギャンブルをやめた後、「暇」はあまりなかった

ギャンブルへ行かなくなった後、「暇で苦しかった」という感覚は、正直あまりなかった。

自助グループのミーティングへ行く時間を大切にしていたし、LINEでも全国の仲間と毎日のように繋がっていた。

移動中や、少し空いた時間にやり取りをしていた。

夜でも誰かいるし、朝でも誰かいる。

それは、
「自分はギャンブル依存症なんだ」
ということを、忘れないための場所でもあった。

最初は義務感もあった

正直、最初は義務感も強かった。

「ちゃんと回復しようとしている」
という、妻へのパフォーマンスみたいな気持ちもあったと思う。

でも、続けていく中で、その感覚は少しずつ変わっていった。

“今日一日行かない”

それを積み重ねることの大切さを、少しずつ感じるようになっていった。

一緒にいる時間を、大切にできるようになった

ギャンブルをやめたからといって、急に人生が良くなったわけではない。

借金もそのままだったし、現実的には何も解決していなかった。

でも、家族と一緒にいる時間の感覚は変わっていった。

前みたいに、
「早く行きたい」
と考える時間は無くなった。

温泉へ行ったり、出かけたり。

ただ一緒に過ごす時間を、以前より大切にできるようになった気がする。

今でも動画を見てしまうことはある

今は、店の前を通っても気になることはない。

中へ入ったとしても、打ちたいとは思わない。

でも、動画は今でも楽しいと思ってしまうことがある。

だから見てしまうこともある。

ただ、心のどこかでは、

「こういうものも、なるべく避けた方がいいんだろうな」

という感覚は、今でも残っている。

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